歌舞伎 髪結い新三のあらすじと見どころ

髪結い新三

歌舞伎の人気の演目のひとつ、「梅雨小袖昔八丈(つゆこそでむかしはちじょう)」

一般的には「髪結い新三(かみゆいしんざ)」で親しまれています。

分かりやすい内容ではありますが、時代背景が分かっていた方が楽しめるかと思います。

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髪結い新三ってどんな話?

作は河竹黙阿弥(かわたけもくあみ)
数々の傑作を生み出している歌舞伎狂言作者(いわゆる脚本家)です。

江戸下町を舞台に繰り広げられるは情緒と江戸の風物詩。

あらすじ

江戸情緒あるれるどこか憎めない悪党たちの人間模様が楽しく、滑稽でもあるお話とは。

白子屋

材木問屋の「白子屋(しらこや)」主人が他界し、商売がうまくまわりません。
白子屋に後家で入ったお常は、一人娘お熊に金持ちの婿をむかえるように図ります。

しかしお熊はすでに店に従事している手代忠七と恋仲
母の懇願の点前、一旦は婿をとることを承諾したものの、忠七のことが諦められません。

その事情を知った廻り髪結いの新三は、忠七に駆け落ちを促します
「自分も手伝ってやるから。」と親切心たっぷりに口説きます。

実はこの新三、ちょっと前からこのお熊のことが気になって仕方ないのです。
内心は何とか自分のものにならないかと、思案していました。

ちなみに廻り髪結いとは、持ちまわりのエリアに道具を持って出向く髪結いのこと
言ってみれば「出張床屋」です。

江戸時代、床屋は多かったのですが、こうした「廻り髪結い」の出向き先の多くは個人宅でなくお店。
一回で従業員全員分を引き受ければ客も髪結いも効率的ということです。

永代橋

この演目の見せ場のひとつ。

新三は忠七と打ち合わせし、先にお熊を新三の家にかくまい、後から忠七をそこで落ち合わせるようにし向けます。
お熊を新三の家に連れだした後、雨の降る夜一つの傘に新三と忠七。お熊の待つ深川の新三の家で向かいます。

永代橋にさしかかるころ、新三は豹変。いきなり傘で忠七を小突きます。
道に蹴りだし、倒れた忠七をそのままに「お熊はおれの女房だ」と忠七を置き去りに自分の家へと足早に帰ります。

跡を追おうにも新三の家を知らない忠七。
店の主人を裏切った罰だと、永代橋から川で身投げしようとする忠七を神田界隈を縄張にする親分・弥太五郎源七が助けます。

事情を聞いた弥太五郎源七は、自分が何とかしてやろうと忠七をなぐさめ、とりあえず店へ戻らせます。

新三内

「~内」とは家のこと。ここでは新三の長屋の中を指しています。

白子屋のお嬢さんを囲い込んでいることはすでに長屋中心とした近所には知れ渡っています。
それはやがて白子屋の耳にも入り、なんとかお熊を取り戻すべく策を練ります。

その話に一肌脱ごうと名乗ったのが、身投げしようとした忠七を助けた弥太五郎源七でした。

新三は大金が手に入ると朝湯につかり、当時高価な初鰹を買ってきて前祝い
そこへ弥太五郎源七が訪れ、店から預かった十両で新三を納得させようとします。

「そんなはした金」と新三は弥太五郎源七に散々毒づき、十両を叩き返します。

格上の親分にまさに上からの新三。
まさに悪への転換の一歩を踏み出す瞬間です。

長屋

これに困った白子屋出入りの車力の善八は、新三の長屋の家主長兵衛に相談。
長兵衛は入墨者の新三を住ませてやってるんだと新三に恩をきせ、身代金三十両で話をつけさせます。

しかしこの家主、ちゃっかり者で鰹半身と身代金の半分の十五両をしっかりいただいて帰ります。

追い出されては元も子もないので、渋々承諾した新三ですが、そこへその家主長兵衛のところへ空き巣が入り、全財産を持ってかれたという一報が入ります。

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「ざまあ」とばかりに機嫌がなおる新三。
こんな滑稽な場もこの演目の魅力のひとつです。

閻魔堂橋

一方面白くないのは面目まるつぶれの弥太五郎源七。
この件を皮切りに羽振りも悪くなり、遺恨をはらすことを決めます。

閻魔堂橋で新三を待伏せ。
新三と源七の閻魔に因んだ「地獄づくし」のせりふが見どころです。

新三はここで源七に殺されてしまいます。

閻魔橋の場

豊原国周『梅雨小袖昔八丈』

あまりこの先は演じられませんが、このあと源七は捕まり、大岡越前守の裁きを受けます。
さらに家に戻ったお熊も結婚が嫌で自らの命を絶とうとしました。
それを止めた人を殺めてしまいます。
お熊もやはり大岡越前守の裁きをうけ、死罪になってしまうのです。

歌舞伎は「通し狂言」と全編上演されることは少ないため、この話の中の一部を抜き取り「一幕」として上演されます。

この時代背景や大方のあらすじを知っておけば、どの場面を観ても楽しめますよ。

見どころ

この話は一見、ただの髪結いだった新三が悪の親分になっていくという単純な極悪へのサクセスストーリーではありません。
実際新三は誰を手にかけることもなく、どこか格好良く見える役どころでもあります

小賢しいくせに長屋の家主にはかなわなかったり、界隈に名の知れた悪の親分がまんまと新三にやりこめられたりと、どこかコミカルで憎めない役どころが多いのもこの演目の面白さ。

「目に青葉やまほととぎす初鰹」と歌の通り、江戸の初夏の情緒たっぷりに繰り広げられる人間模様。
永代橋の場の「傘(からかさ)、相合傘、番傘、柄(え)、油ッ紙、白張」などの傘にまつわる言葉を並べた「傘づくし」の長台詞も見どころのひとつです。

噺家の初代春錦亭柳桜(三代目麗々亭柳橋)が得意にした人情噺としても知られています。
長編人情噺は最近は聞くことが少なくなりましたが「仇娘好八丈」という題名で語られています。

髪結い新三さらに楽しむためのプチ情報

さて、あらすじが分かったところで、この話の背景などを知っておくと、さらに観劇のときの面白さが深まります。

実話からできた話

実は白木屋もお熊も忠七も実在したと言われています。
1727(享保12年)、お熊や忠七がお熊の婿を毒殺しようとし、毒殺未遂の罪で処刑された事件が元になっています。
お熊、忠七は江戸市中引き回しのうえ、投獄。そのときお熊が着ていた白無垢の上に派手やかな黄八丈の小袖が外題(本題名)となっています

お熊は美人で有名だったうえ、この事件を裁いたのがあの「大岡越前」。
この事件の50年後、人形浄瑠璃「恋娘昔八丈」として、白子屋事件とお家騒動をからませた浄瑠璃として上演されました。

初鰹

大金が入ると前祝いに新三が購入した初鰹
江戸っ子は女房を質に置いても食べたくなるという代物。
初鰹の出始めは4月(今の5月)ごろ。
上魚ではなく中魚と格付けされていましたが、江戸っ子はこの鰹には目がありませんでした。

ただし初鰹は特に高価だったため、滅多に口にできなかったと言います。

この芝居の中でも羽振りのよい新三とさらに十五両だけでなく鰹までももっていく家主がその「値打もの」の価値を示していますね。

手拭浴衣

手拭を何本か縫い合わせて仕立てた浴衣のこと。
新三が湯帰りに着ているのがそれ。
最近ではお芝居の中だけでしか見なくなりましたが、昭和初期くらいにはそういうものを身につけていたおじいさんもいたとか。
初演から当時評判の深川の料理屋「ひら清」の手拭は必ず入れるのが今でもお約束だそう。

そんなところにも注目したいですね。

新三の腕の入れ墨

新三の腕の二本線の入れ墨はいわゆる前科者。
家主が三十両の身代金でお熊を家に帰してやれと新三を説得するときも
「入墨者のお前を住まわせやっている」と恩を着せています。
それは前科者ものに情けをかけてやっているんだという意味。

入墨の刑が江戸で始まったのは、1720年からといわれています。

歌舞伎髪結い新三の当たり役

さて、人気の演目だけに度々上演されるこの髪結い新三。
その当たり役といえば。。。

人間国宝七代目尾上菊五郎がこの当たり役と言われています
白浪五人男でもみせますが、菊五郎さんはこういった小賢しい悪党役は上手いですね。
(と言っては失礼ですが。。)

私は亡くなった十八世中村勘三郎さんが演じた新三が忘れられません。

悪ながらどこか憎めず、ちょっと格好良さもある役は彼のはまり役でした。

残念ですが、菊五郎さんはまだまだ現役でこれからも魅力たっぷりの新三を私たちに見せてくれるでしょう。

歌舞伎初心者にもおススメの演目です。

2019年11月の吉例顔見世大歌舞伎で上演されます。
ぜひ一度ご覧になってみてください。

演目名 梅雨小袖昔八丈 髪結新三
作者 河竹黙阿弥
初演 1873(明治6)年6月 東京・中村座
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